2012.2月号

 2011年10月頃からフェイスブックという会社がパソコンを通して、あなたと友人になりたいと2名の方より申込がある旨を何回も連絡がありました。初めは無視をしておりましたが、社内のこの道に少し通じている者に聞くと、俺もやっているし、正式な組織であることで薦められる。酔いが回った12月31日の夜遅く、自分の写真を撮り、簡単な履歴を書きフェイスブック社会に突入。実を言うと、開設しろと迫る輩は誰だろうと不逞な思いをいくらか抱き、もしかしたら、学生時代の淡い恋人かの俗念が拡大しての行動でした。ところが、一人は20年前の我が家にホームステイしていたアメリカ人17才がオレゴン州から立派な家庭を持った消防士になり、活躍姿を見て欲しいリーエッテン。もう一人は私の次女のお婿さんで雑念は外れたのは良いが、このフェイスブックとやらは大変に親切で、例えば卒業した学校とか趣味に関することで様々なことをリンクしてくる。今の若い人達の人脈をつくりあげていく深さは別として広さに驚きを覚えます。例えば友人の娘さんが横浜で看護士をしている場所から、68才の根室オジサンに様々な文化を背負い入ってくる。使い方もわからないで参入したゆえ、反応が鈍い、もどかしさも感じる。根室の若手の市会議員が写真を使っての上手な根室全体の土台づくりをしている姿が垣間に見える。時代はこのような感覚社会に入っていることを痛感する。仲間と共に約26年間319号までこのチライアパッポを紙の文字を通してのささやかな種まきをしてきたが、ふと若き社員仲間を見ても新聞の活字を見る習慣が思うより早いペースで遠くなっている。戦慄をおぼえる。全てに目を通してないが日刊紙は会社に9紙が来ます。読みきれないが何のためか、習慣で、読む努力をしている。そんな活字に埋もれて楽しんでいる社会人間は化石に近くなってきたのか。新年の騒動である。私の携帯を見て、息子の若い嫁さんはそろそろスマホに変えてみたらの薦めがあるが、活字主体文化で育てられ、終わるしかないと新年から頑固親父になっている。

(魚谷直孝記)